音楽を愛してくださる皆様へ Creators To Consumers [c2c:はじめの一歩]

私的録画補償金事件(東芝訴訟)について 〜特定機器該当性の判断から見える問題点〜

1 はじめに

 株式会社東芝(以下T社とします)に対する私的録画補償金に関する裁判では、平成23年12月22日に知財高裁において原告であるSARVH敗訴の判決が下されました。この判決に従えば、デジタル放送を主な録画源とした録画機器が補償金の対象から外されることになり、本来であればアーティストやクリエイターに還元されるべき複製(録画)の対価である補償金が支払われなくなることから、創作活動に対して大きな打撃となることが懸念されます。

 著作権法は創作活動を促進・奨励し、文化の発展を目指す法律であるはずなのに、何故このようにアーティストやクリエイターに対して酷な結果となる判断がされてしまったのでしょうか。判決文を読み進めると、法的に無理のある解釈や、事実認定に不備があるなど、法律や証拠に基く判決として大きな問題があることが明らかになりますが、より根本的には、私的録画補償金制度そのものに対する理解の不足が原因であるように思えてなりません。

 ここでは、コンテンツ創造のサイクルを守るという観点から、私的録画補償金制度の趣旨や事件の概要を簡単に説明したうえで、「特定機器」該当性の判断から見えてくる知財高裁判決の根本的な問題点を指摘したいと思います。

2 私的録画補償金制度

 著作権法が制定された当初は、家庭内における複製が全体的に見て微々たるものであったため、アーティストやクリエイターに与える影響が少ないと考え、法は30条を設けて家庭内における私的使用目的の複製について、権利者の許諾がなくても自由とし、個人の利便性を確保してきました。ところが、デジタル技術の発展と家庭用の録画機器のめざましい開発・普及に伴い、高品質の録画が容易かつ大量に行われるようになると、かつては微々たるものだった複製の数が、社会全体としてアーティストやクリエイターの創作活動に影響するほどに増加しました。

 そこで様々な関係者が協議した結果、政令で規定された「特定機器等」を用いてデジタル方式の録画を家庭内で行う場合には、録画をする都度、その録画を行った者が補償金を支払うことを原則とし、アーティストやクリエイターが自身の創作活動に対して正当な対価を得ることができる制度が導入されました(30条2項、102条1項)。

 もっとも、アーティストやクリエイターが個人の録画の実態を把握して補償金を請求することは現実的に不可能であるため、法は私的録画補償金について、文化庁指定団体(SARVH)にその請求と分配を委ね、録画する都度ではなく録画機器の購入時に一括して補償金を支払うものとし、さらにその補償金の徴収について録画機器の製造業者に協力義務(協力の内容は、機器販売の際に補償金額を上乗せし、それを集約して支払うこと。)を課すことにしました。これが現在の私的録画補償金制度であり、制度の概要を簡単な図で示せば以下のようになります。

<特定機器の補償金徴収に関する概要図>

特定機器の補償金徴収に関する概要図

3 事案の概要と経緯

 デジタル放送が開始され、それに対応した録画機器が登場しはじめたところ、アナログチューナー非搭載型の録画機器について、「特定機器」を規定する文言である“アナログデジタル変換が行われた”との要件を満たすか否かで権利者と製造業者の意見が対立するようになりました。両者の議論が平行線をたどる中、被告であるT社は、録画を技術的に制限する「コピーワンス」や「ダビング10」が付されたデジタル放送を録画源とするアナログチューナー非搭載型のDVD録画機器について、著作権法施行令で規定された「特定機器」への該当性に疑義が生じているにも関わらず、補償金額を上乗せして販売することで消費者に迷惑をかけられない等の理由から、平成21年2月から補償金相当額の上乗せ徴収をすることなく販売し、SARVHへの補償金相当額の支払を行いませんでした。

 そこで原告SARVHは、@T社が販売している録画機器は私的録画補償金の対象となる「特定機器」に該当し、A被告T社は「特定機器」販売に当たって、その購入者から補償金相当額を徴収してSARVHに支払うべき法律上の協力義務を履行していない、として補償金相当額1億4,688万円の支払いを求めて平成21年11月に東京地裁に提訴しました。

 東京地裁は平成22年12月27日に原告の請求を棄却し、原告が控訴したところ、控訴審である知財高裁は平成23年12月22日に控訴を棄却し、現在SARVHが上告中です(結論は1審、2審いずれも原告敗訴)。

<事案の概要図>

事案の概要図

4 知財高裁判決と問題点

(1)特定機器該当性について

 知財高裁は、本件で問題となったアナログチューナー非搭載型のDVD録画機器の特定機器該当性を判断するにあたり、政令によって特定機器を指定することを定めた30条2項の趣旨について「将来商品化されるデジタル録音・録画機器のすべてを法30条2項の補償金支払の対象とするというのではなく、様々な状況を総合的に勘案しその都度必要に応じて、関係者の利害状況も踏まえながら対象機器を追加するという趣旨にでたもの」と述べたうえで、「補償金支払の範囲確定は極めて政策的な意味合いを持つ」としています。

 また、背景事情も含めた総合的検討として、「一律に本来の義務者ではない製造業者等が協力義務を負うものとされる録画補償金の範囲の解釈に当てはめるに際しては、法104条の5(30条)やそれを受ける施行令の解釈、特にテレビ番組を録画対象とするDVD録画機器の特定機器該当性判断については、客観的一義的に明確でないときには厳格であるべきである。」とする一方で、特定機器該当性を左右する“アナログデジタル変換が行われた(施行令1条2項3号)”との要件について、「3号が追加された当時における録画源としての実態であって、製造業者を含む大方の合意が得られた録画源であるアナログ放送から離れ、デジタル放送のみを録画源とするDVD録画機器が特定機器に該当すると解するのは困難といわざるを得ない。」と結論づけています。

 東京地裁は平成22年12月27日に原告の請求を棄却し、原告が控訴したところ、控訴審である知財高裁は平成23年12月22日に控訴を棄却し、現在SARVHが上告中です(結論は1審、2審いずれも原告敗訴)。

(2)問題点

 知財高裁の考え方は、誤解を恐れずにまとめてしまえば、私的録画補償金の対象範囲は政策的に決定されるものであり、製造業者との合意のないデジタル放送を録画源とする録画機器については、私的録画補償金の対象である特定機器に該当しない、というものです。

 これは、私的録画補償金制度に関連する条文等について、制定される過程を偏重し、実際に出来上がった条文等によって生じる権利義務を軽視する、という問題の多い解釈ですが、こうした法解釈の技術的な問題点はさておき、「私的録画補償金制度の対象となる特定機器の範囲を画するにあたり、製造業者との合意の有無を重視する」、といった考え方自体が非常に大きな問題を有しています。

 もちろん、機器を特定して補償金額を定める際には、権利者団体による製造業者等の代表の意見を聴取する義務が法定されていますし(104条の6第3項)、制度構築にあたって権利者と製造業者の協議・協力が必要であることも言うまでもありません。しかしながら、私的録画補償金制度は、社会全体でコンテンツが高品質かつ大量に複製され、アーティストやクリエイターに看過し難い損失が生じるため、その損失を補う責任を利益の享受者である機器購入者と販売者に負わせたところに本質があります。そうだとするなら、政令の解釈に当たっては、特定機器の細かい定義や合意内容よりも、その機器によって社会全体として大量に複製が行われ得るかどうかに着目する必要があるのではないでしょうか。

(3)泉と桶(コンテンツと複製)

 少し事件を離れて説明してみましょう。とある村に水源となる泉があるとします。この泉は水量豊富であり、数人の村人が桶で水を汲んでも減ることはありません。しかしながら、村中の人間が毎日水を汲めば、徐々に水位が下がり、やがては干上がってしまうでしょう。泉への道は多く、取水制限をすることは難しいと考えられます。

 そこで、泉の管理人は村長と話し合い、水を汲むための『木の桶』を販売する人間から一定額のお金を徴収し、そのお金で新たな水源を確保し、泉への水路を作る等、水を涸らさないために様々な方策を講じることとしました。その結果、長期にわたって水が涸れる心配をすることなく、いつでも自由に水を汲むことができるようになりました。

 ところが、やがて近代化の波が押し寄せ、『木の桶』は姿を消していきます。新たに登場したのは『プラスチックの桶』でしたが、以前に泉の管理人と村長で話し合った内容は『木の桶』についてであったため、『プラスチックの桶』については対象外である、として村人はお金を支払うことなく水を汲み続けました。

 泉の管理人はたまらずお上に訴え出ましたが、お上は『木の桶』以外は対象とならないと判断しました。このままでは水は減り続ける一方で、資金難から新しい水源の確保や水路の整備も覚束ない状態となってしまいます。

 もうお分かりですね。この水を汲む『桶』が私的録画補償金制度における特定機器であり、泉の水はコンテンツそのものです。そして本件に照らせば、『木の桶』がアナログチューナー搭載型の録画機器、『プラスチックの桶』が訴訟で問題となっている非搭載型の録画機器となります。

 ここで重要なのは、桶の素材が木であろうが、プラスチックであろうが、はたまた陶器や鉄であろうが、水を汲むことができる道具であり、大量に使用されれば泉の水が減少することに何ら違いはない、ということです。

 この点、私的録画補償金は法律によって定められた制度であるので、著作権法やその施行令の条項に従うべきなのは当然ですが、「アナログデジタル変換」といった特定の文言のみに終始するのではなく、制度全体を見渡して、当該機器の利用による損失が発生し得るか否かを考慮する必要があると考えられます。

 そして、現実に水が減り続けているにも関わらず、「合意が無いので対象とならない」という考え方を採用することは、結局は水を涸らし、村人の水源そのものを無くすことに繋がりかねません。知財高裁の考え方に単純に則ってしまえば、アーティストやクリエイターが被る損失を無視し、いずれコンテンツという水源そのものを涸らしてしまう可能性があるでしょう。

5 結び

 この事件は、表面上はある録画機器について政令で定める特定機器に該当するか、という争点を中心に推移していますが、本質的にはコンテンツという水源をどうするのか、その損失分を誰が負担すべきなのか、という論点を含んでいるように思えます。そして、知財高裁がその点を考慮せずに判決を下したことが問題であるという点については既に述べたとおりですが、知財高裁を批判すればそれで済むという話でもありません。水源を守るには、管理人たるSARVHの努力だけでは不十分であり、水を汲む側、すなわち利用者の協力が不可欠であるところ、本件のような争いに至ってしまったこと自体が憂慮すべき事態であると考えられます。

 コンテンツという水源を維持し、アーティストやクリエイターに適正な対価を還元し、それを次の創造に繋げるためにはどうすれば良いのでしょうか。権利者と利用者を対立構造で捉えるのではなく、豊かな水源を維持し、泉の恩恵を享受する仲間として、もう一度共に補償金制度を考えてみる必要があると考えられます。